前に、「腹悪し(はらあし)」という慣用句について記事を書きました。
怒りっぽいとか短気であるという意味で、今昔物語集に書かれているのです。
「精神は腹に宿る」と昔から言われているとおり、想像以上に本当に昔から腹部を用いた慣用句で感情を表していたのは、とても興味深いですね。
さて、この記事でご紹介するのは、「腹が癒(い)える」という慣用句。
私(坂本)は、あまり日常的に使うことはありませんが、あなたはいかがでしょうか。見聞きしたことはありますか。
言葉の意味と、それが使われた文献がいつの時代のものかをお届けしますね。
怒りや恨みなどが解け、気が晴れる。 (デジタル大辞泉/小学館より)
「癒える」という言葉から、悲しみや心の痛みをイメージしたのですが、どうやらお腹の中にあったのは「怒り、恨み」のようですね。
悲しみなどと比べて、もう少し重たい印象を受けます。
では、この言葉がどのように使われていたのか、例文を実際の文献からご紹介します。
腹の癒えるだけの復讐を
小杉天外の「魔風恋風」という長編小説があり、明治36年2月から9月にかけて、読売新聞に連載されていました。女学生と友人の婚約者をめぐる悲恋を中心に、当時の男女学生の風俗を描いたものです。
こすぎ‐てんがい〔‐テングワイ〕【小杉天外】
[1865〜1952]小説家。秋田の生まれ。本名、為蔵。斎藤緑雨に師事。ゾラの自然主義の影響を受けて「はつ姿」「はやり唄」を発表。他に通俗的小説「魔風恋風」などがある。 (大辞泉/小学館より)
その小説の中の一文にあるのが、「腹の癒えるだけの復讐 (しかえし) を」。
「腹が癒える」ためには「復讐」が必要だと書いてあります。自分で受け流したり、他のことを上書きして忘れようとするのではなく、仕返しをする
必要があるくらい、非常に強い感情が先にあることが伝わるのではないでしょうか。
「許せないことに対する不快感が消えて、スッキリする」という意味もあるので、その怒りや恨みは、そもそも許せないほどのものであるということですね。
「許せないほどの怒りを感じている」とはストレートには言えないと思うので、慣用句で表現するのは日本語の面白いところであると感じる一方で、率直に言わないからこその恐怖も感じます。
ひとつの慣用句に出会って、ここまで重く苦しい感情を感じたのは初めてですが、なるべくこの言葉を使わなくてもいいような日常を送りたいものですね。